Book Reviews (マイブック評)
95歳で書かれた素晴らしいご本。作者の熱量が、ビシビシ伝わって来る。同世代の日本を代表する作家達との交流が、現在のご自分の暮らしとのオーバラップで、本は進んでいく。第一線の作家達の素顔(らしい、小説なので・・)を垣間見る事が出来、私に取っては未知の世界、触れてはならない世界が、目の前のページから飛び込んで来た。作家としての苦悩、喜び、そして必然性。素晴らしいの一言です。瀬戸内寂聴さん、惜しくも100歳を目前に昨年、11月に亡くなられた。その生涯を捧げて描き続けた小説というもの。ご本人にとっては、息をする事と同じ様に、なくてはならないものであったのだろう。ご冥福を祈りながら、改めて瀬戸内寂聴という大きな存在が、この世界から消えてしまったのだなあと、感慨深い。
芥川賞受賞作。これだけでも、普通なら大変な事であるが、作者、本谷有希子さんの才能はそこだけに止まらない。20歳ちょっとで、自分の名前を冠した劇団を旗揚げし、演出も手がけるのだ。そして、戯曲では、様々な賞を受賞していらっしゃる。是非、彼女の作ったお芝居も観てみたいものだ。そして、今までにも小説も沢山出していらっしゃるし・・ そして、この「異類婚姻譚」。実は、少し前にこの「夫婦の顔が似てくる」というテーマについて、アメリカの義理の妹と話した事がある!私達の会話の根源は、どちらかというと遺伝子的な事から始まったのだけどね。(彼女は、植物学者なので、ちなみに。)我々の会話ではないけれど、現実的にも、この「夫婦似」現象、結構あるのではないだろうか。しかし、それを小説に昇華するというのは、本谷さんだけだろう。それも、こんな濃厚なお話に。ああ、こういう文章が、大きな文学賞を取るのだなあ、と思い知らされた一作でもある。
何と、奇抜な発想と転換。「むらさきのスカートの女」と主人公の関係は、愛でも、友情でもなく、妬みでも、嫌悪でもない。主人公は、とても「むらさきのスカートの女」と、友達になりたがっているが、最後のページまで、この主人公が誰なのか、読者は知らされない。勘が良い貴方なら、気がつくかもしれないけれど、ね。そして、この主人公、うまーく「むらさきのスカートの女」を操り、陥れる事に成功してしまう。英語だと、コントロール・フリークとでも言うところ。淡々とした表現の中に、狂気が垣間見え、ちょっとゾッとするのは、私だけであろうか。偏執狂にご興味があれば、この本をお薦めしますよ。
ほんの数日の出来事が、大長編となる凄さ!高級ホテル「ホテル・コルシカ東京」のカウントダウン・パーテイは、仮面・仮装での参加。そこに、犯人からの挑戦状が届くという訳である。東野圭吾ファンを長く続けさせて頂いている私である(ここは敬語で臨みます!)。ちょこっと、謎解きが出来たので、自分自身を褒めて上げました。最後のどんでん返しには辿り着けなかったけれど、探偵の助手くらいは務まるかも!伏線が沢山あるので、その辺を上手く見つけて、貴方も犯人探しの手助けをしてみませんか?魅力ある登場人物ばかりなので、退屈しませんよ。
的を得ている事だらけで、(米谷さんの文体を拝借して)「オー・マイ・ゴッド!」。作者の米谷さん、ロサンゼルスにお住まいなのに、全く知らずに今日まで過ごして来た事に、呵責の念に苛まれています「アイ・アム・ソーリ」。98年に、女流文学賞を受賞した本作品。文章の切れとテンポ、関西弁と英語日本語のうま〜い共存、どれを取っても最高です。どん底の苦しみも、笑いに変え強く生きていく、主人公とその家族。米谷さんご本人の人生経験がベースの小説だと思うのですが、ドロドロしていなくて、とても爽やか。解決の糸口が見えない、家族のしがらみに絡みとられている貴方。必読ですよ!解決は望めないかも知れないけれど、気持ちがスキッとなる事、請け合いデス。「ハバ・ナイス・デイ!」
小説の初期段階に、「幽霊」的なところが出て来て、これは私の苦手分野かなあ、と尻込みするも、勇気を奮って読み進める。「トンネルを抜けると・・・」ではないけれど、そこには素晴らしい世界が待っていたんですね。前世と現世の境が、40キロのレーン越えによって繋がっていて、主人公夏目環は、ひょんな事からそこを通り抜け、幼少時に失った家族に会うチャンスに巡り会う。前世に行った人達は、そこでそれぞれの前世の自分を洗い流す。最初に溶けるのは、苦しい過去や悲しい記憶、そしてやがてきれいな思い出も溶け、しまいには自分そのものが溶けていく。続いて、自分と他人の区別がつかなくなり、その段階で前世の中の次のステップへ進み、最終的に「輪廻転生」という「輪」の中へ入っていくという訳。そして、現世では(もちろん誰も、全然洗われていない世界!)、人がぶつかり、けなしあい、いじめがあり、でもどん底から這い上がり、愛を見つけ、心の平和を見つけていく。この小説の登場人物は、皆(良くも悪くも)とても真剣だ。真剣すぎて、時に背負わなくても良い苦労を請け負ってしまう。長編小説なので、紆余曲折ありありで、最終的に夏目環は、強くそして自分を信じられるようになる。読後、「良い小説だなあ」、と心から思いますよ!お薦めです。
森さん、又やってくれましたね!と言っても、これは私の感想で、この本自体は、平成17年に出版されています。森絵都さんの御本には、毎回ハートを根こそぎ持って行かれ、一人本を読みながら「良いよね〜。分かるよ、その気持ち!」と独り言連発で、読む私です。何と言っても、文体が素晴らしい。例えば、主人公がもそっと屋外に出たシーンでは、「太陽も健全だ。もったいぶったところがない。素直にぴかぴか光ってる。」と言わせている。もう、彼女(主人公の野々)が見ている景色が、自分の目の前にあるみたい!引用し始めたら、キリがないのでやめるけれど、文章に命があり、呼吸をしている。そんな感じ。 どうしようもなく自分である事。そして、それを知りながら、ドツボにハマる事。私自身の人生もそんな感じでやっているけれど、それが人生。されど人生。だから生きる事は楽しい。
井上荒野さんも、私の大好きな作家の一人だ。今このブック評を書きながらしばし思ったのは、前作浅田次郎氏の「見知らぬ妻へ」と、もしかしたら、この本は根底でとても繋がるところがあるのかも・・つまり、人間の悲しみである。人間の性である。上手く世の中渡る「処世術」と、相反した生き方が、つまり「そこへ行くな」であろうか。バカっ正直とは違うが、「要領よく」出来ない、情の深さ。情念とも言うかもしれない。この本も短編集で、どのお話しも大層素晴らしい。自分の一生をどう生きるのか、何に基準を置いて生きるのか、これは難問のようでいて、案外単純なものかもしれない。
大変美しい短編集。こういうお話しは、日本人にしか書けないと思う。「もっと、カッコ良く生きろよな!」とか、「損得考えて、物事判断しろ!」とか、常識的な観念は通用しない。大損と分かっていても、情念に生きる。そして、ドン底に落ちる。でも、とても人間らしい。涙を誘う。「どうして、そんな道、敢えて選ぶのよ〜・・」と、いくら本のこちら側から叫んでも、主人公達は知らん顔だ。そして、とても気高く、清いのだ。浅田次郎さんは、私の大好きな作家である。
私は、この明治から昭和にかけての、とてつもないエリート達が好きだ。「選りすぐり」の特別な人達。由緒正しいお金持ち。明治開花から余り時を経ない時代に、海外に行き、外国語を操る。「平等」という観念とは裏腹の、庶民には手の届かない存在。この本は、そういった人達の、夢追い物語りである。東京にある、国立西洋美術館の誕生に導く、このエリート集団の尽力。中心人物の松方幸次郎のスケールの大きい変遷。「絵空事」とは良く言ったものである。日本国の首相を巻き込み、タブローに魅せられ、魂を捧げた人達の大冒険談だ。