Book Reviews (マイブック評)

異類婚姻譚  本谷有希子  講談社 June 30, 2022

芥川賞受賞作。これだけでも、普通なら大変な事であるが、作者、本谷有希子さんの才能はそこだけに止まらない。20歳ちょっとで、自分の名前を冠した劇団を旗揚げし、演出も手がけるのだ。そして、戯曲では、様々な賞を受賞していらっしゃる。是非、彼女の作ったお芝居も観てみたいものだ。そして、今までにも小説も沢山出していらっしゃるし・・ そして、この「異類婚姻譚」。実は、少し前にこの「夫婦の顔が似てくる」というテーマについて、アメリカの義理の妹と話した事がある!私達の会話の根源は、どちらかというと遺伝子的な事から始まったのだけどね。(彼女は、植物学者なので、ちなみに。)我々の会話ではないけれど、現実的にも、この「夫婦似」現象、結構あるのではないだろうか。しかし、それを小説に昇華するというのは、本谷さんだけだろう。それも、こんな濃厚なお話に。ああ、こういう文章が、大きな文学賞を取るのだなあ、と思い知らされた一作でもある。

むらさきのスカートの女 今村夏子 毎日新聞出版 June 24, 2022

何と、奇抜な発想と転換。「むらさきのスカートの女」と主人公の関係は、愛でも、友情でもなく、妬みでも、嫌悪でもない。主人公は、とても「むらさきのスカートの女」と、友達になりたがっているが、最後のページまで、この主人公が誰なのか、読者は知らされない。勘が良い貴方なら、気がつくかもしれないけれど、ね。そして、この主人公、うまーく「むらさきのスカートの女」を操り、陥れる事に成功してしまう。英語だと、コントロール・フリークとでも言うところ。淡々とした表現の中に、狂気が垣間見え、ちょっとゾッとするのは、私だけであろうか。偏執狂にご興味があれば、この本をお薦めしますよ。

マスカレード・ナイト 東野圭吾 集英社 June 24, 2022

ほんの数日の出来事が、大長編となる凄さ!高級ホテル「ホテル・コルシカ東京」のカウントダウン・パーテイは、仮面・仮装での参加。そこに、犯人からの挑戦状が届くという訳である。東野圭吾ファンを長く続けさせて頂いている私である(ここは敬語で臨みます!)。ちょこっと、謎解きが出来たので、自分自身を褒めて上げました。最後のどんでん返しには辿り着けなかったけれど、探偵の助手くらいは務まるかも!伏線が沢山あるので、その辺を上手く見つけて、貴方も犯人探しの手助けをしてみませんか?魅力ある登場人物ばかりなので、退屈しませんよ。

ファミリー・ビジネス 米谷ふみ子 新潮社 May 19, 2022

的を得ている事だらけで、(米谷さんの文体を拝借して)「オー・マイ・ゴッド!」。作者の米谷さん、ロサンゼルスにお住まいなのに、全く知らずに今日まで過ごして来た事に、呵責の念に苛まれています「アイ・アム・ソーリ」。98年に、女流文学賞を受賞した本作品。文章の切れとテンポ、関西弁と英語日本語のうま〜い共存、どれを取っても最高です。どん底の苦しみも、笑いに変え強く生きていく、主人公とその家族。米谷さんご本人の人生経験がベースの小説だと思うのですが、ドロドロしていなくて、とても爽やか。解決の糸口が見えない、家族のしがらみに絡みとられている貴方。必読ですよ!解決は望めないかも知れないけれど、気持ちがスキッとなる事、請け合いデス。「ハバ・ナイス・デイ!」

ラン 森絵都 理論社 May 14, 2022

小説の初期段階に、「幽霊」的なところが出て来て、これは私の苦手分野かなあ、と尻込みするも、勇気を奮って読み進める。「トンネルを抜けると・・・」ではないけれど、そこには素晴らしい世界が待っていたんですね。前世と現世の境が、40キロのレーン越えによって繋がっていて、主人公夏目環は、ひょんな事からそこを通り抜け、幼少時に失った家族に会うチャンスに巡り会う。前世に行った人達は、そこでそれぞれの前世の自分を洗い流す。最初に溶けるのは、苦しい過去や悲しい記憶、そしてやがてきれいな思い出も溶け、しまいには自分そのものが溶けていく。続いて、自分と他人の区別がつかなくなり、その段階で前世の中の次のステップへ進み、最終的に「輪廻転生」という「輪」の中へ入っていくという訳。そして、現世では(もちろん誰も、全然洗われていない世界!)、人がぶつかり、けなしあい、いじめがあり、でもどん底から這い上がり、愛を見つけ、心の平和を見つけていく。この小説の登場人物は、皆(良くも悪くも)とても真剣だ。真剣すぎて、時に背負わなくても良い苦労を請け負ってしまう。長編小説なので、紆余曲折ありありで、最終的に夏目環は、強くそして自分を信じられるようになる。読後、「良い小説だなあ」、と心から思いますよ!お薦めです。

いつかパラソルの下で 森絵都 角川書店 May 2, 2022

森さん、又やってくれましたね!と言っても、これは私の感想で、この本自体は、平成17年に出版されています。森絵都さんの御本には、毎回ハートを根こそぎ持って行かれ、一人本を読みながら「良いよね〜。分かるよ、その気持ち!」と独り言連発で、読む私です。何と言っても、文体が素晴らしい。例えば、主人公がもそっと屋外に出たシーンでは、「太陽も健全だ。もったいぶったところがない。素直にぴかぴか光ってる。」と言わせている。もう、彼女(主人公の野々)が見ている景色が、自分の目の前にあるみたい!引用し始めたら、キリがないのでやめるけれど、文章に命があり、呼吸をしている。そんな感じ。 どうしようもなく自分である事。そして、それを知りながら、ドツボにハマる事。私自身の人生もそんな感じでやっているけれど、それが人生。されど人生。だから生きる事は楽しい。

そこへ行くな 井上荒野  集英社 April 10, 2022

井上荒野さんも、私の大好きな作家の一人だ。今このブック評を書きながらしばし思ったのは、前作浅田次郎氏の「見知らぬ妻へ」と、もしかしたら、この本は根底でとても繋がるところがあるのかも・・つまり、人間の悲しみである。人間の性である。上手く世の中渡る「処世術」と、相反した生き方が、つまり「そこへ行くな」であろうか。バカっ正直とは違うが、「要領よく」出来ない、情の深さ。情念とも言うかもしれない。この本も短編集で、どのお話しも大層素晴らしい。自分の一生をどう生きるのか、何に基準を置いて生きるのか、これは難問のようでいて、案外単純なものかもしれない。

見知らぬ妻へ 浅田次郎 光文社 April 10, 2022

大変美しい短編集。こういうお話しは、日本人にしか書けないと思う。「もっと、カッコ良く生きろよな!」とか、「損得考えて、物事判断しろ!」とか、常識的な観念は通用しない。大損と分かっていても、情念に生きる。そして、ドン底に落ちる。でも、とても人間らしい。涙を誘う。「どうして、そんな道、敢えて選ぶのよ〜・・」と、いくら本のこちら側から叫んでも、主人公達は知らん顔だ。そして、とても気高く、清いのだ。浅田次郎さんは、私の大好きな作家である。

美しき愚かものたちのタブロー  原田マハ  文藝春秋 April 10, 2022

私は、この明治から昭和にかけての、とてつもないエリート達が好きだ。「選りすぐり」の特別な人達。由緒正しいお金持ち。明治開花から余り時を経ない時代に、海外に行き、外国語を操る。「平等」という観念とは裏腹の、庶民には手の届かない存在。この本は、そういった人達の、夢追い物語りである。東京にある、国立西洋美術館の誕生に導く、このエリート集団の尽力。中心人物の松方幸次郎のスケールの大きい変遷。「絵空事」とは良く言ったものである。日本国の首相を巻き込み、タブローに魅せられ、魂を捧げた人達の大冒険談だ。

山崎ナオコーラに夢中!一気に4冊読む。人のセックスを笑うな、美しい距離、リボンの男、鞠子はすてきな役立たず January 8, 2022

何と素晴らしい作家なのか・・私のハートを射止め、虜にさせてしまった山崎ナオコーラさん。今までにも、貴書は多々読んでいるものの、ご時世なのか、ドーンと心に響きました。涙あり、笑いありで(寅さんか!)、もう夢中で読んでしまったんですよ、本当に。だから、この年末、年始、山崎さんの生み出す魅力ある登場人物達と、幸せな時を過ごせました(感無量)。 まず「人のセックスを笑うな」。この本は、題名からは想像もつかない(ただ単に私の想像力の欠如かも・・)、繊細な恋愛小説です。このブック評を書くために最後のくだりを読んでいて、又泣けてしまった。山崎さんの文体が最高なのもそうだけど、文と文の間のスペース感(現実の)が、とても良い。ページに言葉が羅列せず、うま〜い具合に、隙間が空いている感だ。その隙間で、読者は、ググッと来て、想いにふける事が出来る。こういう、さりげない「時」が、大事なんだなあと、今更ながら痛感。そして、次に手に取ったのが、「美しい距離」。最愛の妻が不治の病いになり、残された日々、残された時間を、正直に、だけど葛藤しながら、生きる夫の話だ。夫は、とにかく、ひたすら妻を愛している。何でもしてあげたい。そこで「美しい距離」なのだ。ああ、又読み返して、ここでも泣いてしまった。亡くなった後、妻は、次第に遠くにいく。お墓参りをすると、妻への言葉が尊敬語になり、謙譲語も出てくる。「淡いのも濃いのも近いのも遠いのも、全ての関係が光っている。遠くても、関係さえあればいい。」と締め括る。 「リボンの男」。これは、子育てに全力を注ぐ、主夫の話。妹子(夫のあだ名)は、毎日自問自答する。自分の置かれた立場について、生産性について、子育ての喜びについて・・タロウ(子供)は、無邪気で、正直。そして、感性豊か。正に、夢の様な「子供」。みどり(妻)は、書店の店長。本に関われる事に、真の喜びを感じ、日々仕事に邁進している。この家族の何気ない、だけどとても真実な毎日を描いた小説です。最後に、「鞠子はすてきな役立たず」。もうこれは最高ですよ。公共の場で読む時は、人様からどう思われても良い覚悟で読んでくださいね。だって、大笑い、必須ですから。この本を読むと、ああ人生って、素敵だなあ。人間って、凄いなあ、って思いますよ。小太郎(夫)と鞠子(妻)は、夫婦漫才か!と思うぐらい、可笑しなカップルです。本人達は、至って真剣に毎日を送っているのですけど、ね。真面目な銀行員の夫と、専業主婦になった妻の凡庸な新婚暮らしから、お話しは始まる。しかし、鞠子は、役に立たない「趣味」に生きる事に。これは、小太郎の父の格言「働かざるもの、食うべからず」に大いに反する。小太郎は、妻を愛するものの、深い苦悩の毎日だ。ここからが、夫婦漫才の始まりという訳。どうぞ、読んで、お笑いして下さい。この夫婦のたどった道、読者も多く学ぶ事が出来ます。 2022年も、大好きな本達と一緒に幕開け。明るい年になりそうです。今年も、音楽だけでなく、相撲、読書、料理など、鞠子に負けないくらい、「役立たず」で、過ごせると良いなあ、と願っています。ああ、今日から初場所だ!仲良しの相撲ファンのT子女子と一緒に(それぞれの家から)、真夜中スマホでテキストしながら観戦します。「今の見た?」「宇良、可愛い!」などと、正に「役立たず」道をいく会話を楽しみますよ!それでは、本年もどうぞ宜しくお願いします。