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数週間前に、このバッハのカンタータ106番の演奏を聞く機会に恵まれました。この曲を聴くのは初めてで、何の先入観もなかったけれど、歌詞の素晴らしさと音楽の美しさにただただ、感動しました。演奏の後に、来ていた人といろいろと話をしたけれど、皆一致して、自分のお葬式にはこの曲を演奏して欲しいと思っていました。この歌詞は聖書の様々な部分から取られていて、多分バッハの叔父さんのお葬式に書かれたのではと、言われているようです。コーラスとソロの歌う中で歌詞を追いながら、古楽器の奏でる暖かい響きを聞くと、何とも言われない希望に満ちた、そしてとても力強い気持ちになります。まさに、希望です。著作権については、専門家ではありませんが、多分大丈夫だと思うので、歌詞全文日本語訳を載せますので、読んでみて下さい。 神の時は いとも ただし 主に 生き はたらき, われら あるなりわれら 死に さとからしめよ (詩編90:12) みこころの ままに 定められたる とき われら 死す (使徒行伝17:28) 主よ さとらせたまえ われらに 死すべき ことを なが 家を ととのえよ なんじ 死にて 世を 去ればなり (イザヤ38:1) ふるき さだめ ひとは 死すべきなり しかり 来ませ 主イェス (外典シラク14:18、黙示録22:20) なが み手に ゆだねまつる わが たまを あがない主 まことの 主よ(詩編31:6) われと ともに きょう なんじ 天つ国に あるべし(ルカ23:43) われは 去りゆく […]
I had a chance to hear this powerful cantata at our church few weeks ago. The performance was fantastic in both instruments and vocals. It was 1st time for me to hear this cantata, and was deeply moved. It is obvious that this piece was written for the funeral, possible for his uncle? The music […]
今回は、私の好きな詩をご紹介したいと思います。吉野 弘さんの『祝婚歌』の著作権に関しては、「イッセーおやじの中年のひとりごと」に吉野さんご本人のお考えが紹介されていますので、それを参考にして独断で、皆様に是非読んで頂きたく掲載させて頂きました。この詩は、夫婦間だけに限らず、人と人との関係に、とても大事なことを問いかけていると思います。私ももっと若いうちに、こういうことが分かっていればなあ、と今更ながら思います。 祝婚歌 吉野 弘 二人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい 立派すぎないほうがいい 立派すぎることは 長持ちしないことだと気付いているほうがいい 完璧をめざさないほうがいい 完璧なんて不自然なことだと うそぶいているほうがいい 二人のうちどちらかが ふざけているほうがいい ずっこけているほうがいい 互いに非難することがあっても 非難できる資格が自分にあったかどうか あとで疑わしくなるほうがいい 正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい 正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと 気付いているほうがいい 立派でありたいとか 正しくありたいとかいう 無理な緊張には 色目を使わず ゆったり ゆたかに 光を浴びているほうがいい 健康で 風に吹かれながら 生きていることのなつかしさに ふと胸が熱くなる そんな日があってもいい そして なぜ胸が熱くなるのか 黙っていても 二人にはわかるのであってほしい
I went to Lang Lang’s concert last night at the Disney Concert Hall. I heard him playing several years ago, and that concert was almost “fingers from hell” program. He was pretty good with that kind of repertoire. I was impressed by the machine like playing !! I liked Tan Dun’s Eight Memories in Watercolor which […]
この二人って、もう沢山の共通項がある事にお気付きですか。まず、二人とも神童だった事。モーツアルトは7歳で、すでにちゃんとした音楽を作曲しているし(という事はその前に楽器をマスターしていた訳)、マイケルは、もっと早くからジャクソン・ファイブの一員として、飛び抜けたダンス、歌の才能を発揮していましたね。そして、その天才ぶりが災いし、二人ともいわゆる普通の子供時代を送れなかったんです。モーツアルトのお父さん、レオポルドは、完全にステージパパで、もうあちこちに息子を見せびらかしていましたし、マイケルはテレビにコンサートに、もう大忙しでした。200年の歳月の差はあるものの、全く似たような子供達です。そして、紆余曲折はあるものの、生涯音楽とともに歩み、短命のうちに生涯を閉じた両人です。そして、その死因が、毒に関係するであろうという事。マイケルはドラッグ中毒(死因は麻酔薬)で、モーツアルトはサリエリに毒殺されたのではないかという憶測です。唯一違うのは、マイケルが栄光と富の中で亡くなったのに比べ、モーツアルトは貧困の中で亡くなったことでしょうか。二人とも歴史に大きな足跡を残しましたが、どのような想いで生涯を閉じたのか。私達もいろいろと考えてしまいますね。
今年の始めから、キルトを作って病気の人などに差し上げる会に入っています。以前は、編み物をしたり縫い物をしたりするのが結構好きだったのですが、何せ忙しく、又そういう事を余り必要としない生活になり、裾上げやボタン付けくらいで、すっかり忘れていました。こちらアメリカでは、キルトを作るというのは、かなり日常的で、今でも子供や孫に作ったりします。工程は、すべて手縫いのものと、ミシンを使ってやるものがあり、今回のキルト作りは、ミシンを使ってのものです。以前の手縫いに比べると格段の速さで、第三土曜日に集まる時だけに作っていますが(それも毎月行ける訳ではないのですが)、すでに2枚目になっています。作成の工程で、送る相手の事を考え、又一緒に集まる仲間とおしゃべりをしながら、私の好きな時間の一つになりました。
I have been interested in seeing this movie, and I was so glad to have time to go to the theatre today. I have read about her interesting personality, and I was curious to learn more. This is a French movie, and I love to hear French language. It is beautiful! Through the movie her […]
I went to Perahia’s Concert last Tuesday at Disney Concert Hall. His repertoire was Bach, Beethoven, Schumann, and Chopin. His playing was very refined and thoughtful. In his Schumann “Kinderszenen” I heard his interesting imagination. Each piece has own title, and he showed us his imaginative pictures according to the titles. Chopin Mazurkas were my favorite […]
I have been always interested in food. One of my college friends from Toho Conservatory in Tokyo, who is a trombone player, told us one night that each dinner is very important because we will eat only about 25,000 dinners for the rest of our lives. We were 20 years old, and that was his […]
9月の日本での様々な経験については、折を見て触れて来ました。新政府の出発進行も、ちょこっとながら、経験。国民の熱い期待と、厳しい目をひしひしと感じました。新総理が、選挙前より掲げていた「友愛」の心について、感じた事があったので今日は一言。 東京では相変わらず、セカセカと、周りの事に気を配る余裕もなく、そしてお疲れが顔に滲み出ている方達を沢山見ました。蒲田の駅で、駅員さんにどの電車に乗れば良いか聞いたところ、親切に教えて下さったのですが、その電車が各駅で、更に定刻より2分遅れという事をおっしゃった時に、この世の終わりのような感じで謝られてびっくりしました。そんな事大した事ないのに、きっと皆さんセカセカが板について、こういう事でも駅員さんを叱ったりするのかなあー。別の駅で、主人のデイビッドが、女性が階段を大きな荷物を持って苦労して上っているのを見て、手伝おうとしたら、仰天され恐ろしいものでも見る形相。それでも、真意が分かった後は、とても感謝されていましたがーー。数年前に、私が女性の同じ立場だった時には、もちろん誰も声をかけてくれませんでしたけどね!別の日に、国内線の飛行機の中で、降りる際に、席から通路に出ようとして誰も出してあげなくとまどっている女性がいて、私が「どうぞ」と言ったら、何が起きたか分からない!という感じで、深く深くお辞儀をして、感謝されてしまいました。又、あるスーパーでのレジで。前にいらした中高年の男性が、マスクをしている店員さんを叱り、かつビニール袋のサイズが小さい事を叱り、カリカリ。毎日の暮らしが、きっと大変なのだなあと、思いました。 街中では、奇妙なマニュアルしゃべりが溢れ、一見すると丁寧なようだけど、慣れてないと私なんかとても変な気分。デパートでも、コンビ二でも、飛行機の中でも、もうありとあらゆる場所での現象ですね。もうちょっと普通に自分流の話し方をしたら良いのになあーー。っという訳で、表面のマニュアル礼儀に惑わされて、根本の人間のマナーが失われていると思いますけど、皆様どう思われますか。そして小さな日常の気持ちの持ち方が、一番大事だと思います。そういうゆとりを持てる様な国。庶民には、大それたスローガンは必要ないんです。