Japanese Blog (日本語のブログ)
今年はショパンとシューマンの生誕200年にあたり、各都市で様々な記念コンサートが行われていますが、私もチェロとピアノの2重奏で3回演奏会を行いました。二人の作曲家が、チェロとピアノの為に書いた曲を集めると、とても良い長さのコンサートプログラムが出来るんです。ショパンの「序奏と華麗なるポロネーズ」と「チェロソナタ」、シューマンの「アダージヨとアレグロ」、「民謡風の5つの小品」、そして「幻想小曲集 Op. 73」。この5曲で、素晴らしいコンサートが出来ます。どの曲も長年に亘り演奏して来ていますが、毎回新しい発見、そして新しい試み、新しい指使いなどで、新鮮に向き合うことが出来ます。個人的にも彼らの音楽に心頭しているので、兎に角弾いていてとても楽しいです。 ショパンの「序奏と華麗なるポロネーズ」は、彼がパリに行く前の20歳頃の作品で、「チェロソナタ」は晩年のもの。という訳で、2つの全く異なったショパンの顔が覗えます。皆様もご存知の様に、ショパンはピアノの作曲家。彼の作品は、ほとんどがピアノ曲です。しかし、少しだけあるピアノ曲以外の作品には、すべてにチェロが入っているんですよ。ショパンのチェロへの想いが、強く感じられますね。ところで皆様、ショパンの手をご覧になった事がありますか。私は、亡くなった後に型を取って作った「ショパンの手」を見たことがありますが、驚くほどに小さい手をしていたことが分かります。上記の「チェロソナタ」、「序奏と華麗なるポロネーズ」を含め、ショパンのピアノ曲はテクニック的に難解なものも多いですが、ショパンの手で弾けるように作曲されているので、正しい練習を積んで指使いなどを工夫すれば、どんな手の人にも必ず弾けるはずなのです。そこが、リストやラフマニノフと違うところ。そして、ショパンの曲を正しく練習して自分のものにすれば、確実にピアノのテクニックが上がります。 シューマンの上記3曲は、詩的で、深い音楽性に富んでいます。チェロとピアノが微妙な掛け合いと会話で、時には激しくそして優しく、又、戯けたりと、これも弾いていてとても楽しいんですね。ですから、2人の奏者の息が合わないと、音楽が自然に流れないとも言えます。テクニック的には、ショパンの2曲程難解ではありませんが、音色やフレーズの組み立て方、詩情、物語性など、表現するべくものが、沢山あります。作曲家の意を汲み、彼らの感じていたであろう音楽性を表現していけたらと、願っています。
今週末に計画されているキルトの展示会に、主人の祖母、アナおばあちゃんが作ったキルトを出そうと思っています。このキルトは、アナおばあちゃんが、19人いる全ての孫に作ったものの一つです。ひょんな事から、一度も会った事のないこのアナおばあちゃんについて、このキルトを通じて、知る事になりました。実は主人の母が、家族史の勉強をするのを生き甲斐にしていて、その勉強をまとめた膨大な資料を、数年前に子供それぞれに配ったんです。アメリカにはGenealogyという学問があり、これは直続の家族だけでなく、何代にもわたって枝分かれした家族を克明に調べるものです。この資料をみると、アナおばあちゃんは、1886年生まれで、1982年に96年の長い生涯を閉じました。インデアナ州の農場で生まれ、結婚後は5人の子供と19人の孫に恵まれ、幸せな人生。まさに何でもやったみたいです。家族の洋服を作り、家の中で使うカーペットを織ったり、出来た作物で缶詰を作り、家畜から肉を作り、穀物の精製、ジャム作り、とにかく家族の暮らしを支え、ご近所の皆さんの世話をし、亡くなる直前まで大忙しだったようです。特に、キルト作りは、凄い腕前だったようですよ。私もちょっとだけキルトを齧っているので分かりますが、キルト製作はとんでもない時間が掛かります。我が家のベッドカバーも、きれいな手縫いで、色使いも素敵で、私の大のお気に入りです。それを19人いる孫すべてに作り、それを入れて生涯で110枚のキルトを縫い上げたというんですから、想像を超えます。亡くなる直前の96歳の時にも、ご近所で火事にあった一家があり、何か助けたくて、洋服やキルトなどを作って送ったようです。その毎日の暮らしぶりを想像すると、とても充実していて、何だか暖かい日差しに触れる感じがします。きっとちょっと小太りで、元気一杯、大声でおしゃべり好きで、いつも手を動かしていろ様が、思い浮かびます。こんなアナおばあちゃんの自分史を、キルトと一緒に展示しようと思っています。その隣には、私のとても稚拙なキルトも一緒に展示。アナおばあちゃんは、自分の通っていた教会で、オルガンやピアノも弾いていたようです。何だか、不思議なご縁、と思いませんか。
5月場所も中盤を過ぎ、白鳳の連覇がチラチラと見えて来ましたね。杷瑠都にも、是非横綱に並走して、優勝戦線に残って欲しいものです。 春は、動物の赤ちゃんが誕生する季節。以前お知らせした山鳩のお母さんは2組目の小鳩たちを巣から追い出し、すでに3回目の巣籠もりです。最近は、もぞもぞとしているので、この春3組目の雛が卵から孵った様子。はっきり言って、お母さん鳩は、お疲れの模様です。さて、話は別の動物へ。昨日、一昨日と、猫一家が我が家を訪れていました。2匹の子猫を遊ばせながら、2匹の大人猫が(私は勝手にその両親と思っているのですが)、我が家の庭でゆったりと日向ぼっこ。ぼやーんと、過ごしていました。猫の居る風景というのは、いつ見ても良いもの。とても和みます。子猫達は、オレンジの木に登ろうとして失敗。でも、元気に庭を無邪気に跳ね回っていました。今日は小雨日和の肌寒い日で、猫一家の姿は見えず。何か心に空洞が出来たようです。元気で居てね。
相撲大ファンとして、毎場所事にロサンゼルスから、一人相撲観戦に15日間を賭けている私です。毎日見ていると、相撲中継アナにも、一度もお会いした事がないのに、とても近親間を持ってしまいます。その知識の深さ、リアクションの速さ、解説の親方との絶妙なやり取りなど、その絶妙な語り口に、「舌を巻いて」しまいます。藤井アナ、岩佐アナ、吉田アナ、大阪アナ、三瓶アナなど、どの方も実は秘かに応援しています。特に私が好きなのは、北の富士さんと藤井アナのコンビ。私の勝手な思い込みですが、何故か北の富士さんが解説にいらっしゃる時は、圧倒的に藤井アナがお隣に座られているのでは。北の富士さんを巧みに誘導なさり、お二人のやり取りの痛快さに、相撲観戦が何倍も面白くなります。北の富士さんは、お年を重ねられ、益々素敵に。男振りも上がっています。お話も、ご自身の横綱体験から、九重親方(元横綱千代の富士)や八角親方(元横綱北勝海)を育てられた師匠としての経験等、大変納得させられるものが多いんですね。舞の海さんは、独自の角度から、それぞれの相撲をすぱっと切り取り解説。この方なしでは、相撲観戦は出来ないという地位にいらっしゃいます。又、音羽山親方、デーモン小暮閣下の解説も好きですよ。解説としてのお役目も、相撲協会内で交代で行われるので、審判部に入られると、審判席でのお顔だけ拝見となりますね。閑話休題。相撲には、様々な局面があり、奥が深い、という事です。
予想通り横綱白鵬と大関杷瑠都の活躍、そして栃ノ心の大躍進(4大関を倒す)、霧島の元気な相撲、大好きな琴奨菊(笑顔が何といっても素敵)、34歳になった高見盛、1000勝目前の魁皇などなど、連日大熱戦に目が離せません。特に白鵬の横綱相撲は、カッコイイの一言です。昨日の相撲など、アナウンサーがおっしゃったように、指一本ちょこっとひっかけての上手投げ。髷も乱れず、どこ吹く風といった風情で、いやあーホレボレです。それから、栃ノ心のインタビューが好き。外国人なのに、すっかり「相撲取り言葉」を身につけて(口を余り開けないで早く言う、<がんばります>など)、そこに外国人特有のお茶目さと、チャーミングさが加わって、見ていてとても好感が持てます。これからの10日間、頑張って。ロサンゼルスから寝不足の応援、こちらも頑張ります。
干し椎茸、昆布、煮干など、日本の乾物の素晴らしさにはいつも頭が下がります。お日様に干して、益々味に深みが出来、かつ長持ちするという、優れもの。特にアメリカ暮らしで、日本マーケットまで距離がある私には、こういった食品が「日本」を食卓に出せる強い味方なんです。出汁に使うと、何とも言えないほんわりとした味が出て、まさに優しさ一杯のご飯になります。又、今年初頭には、日本から超高級干しホタテを沢山頂戴し、これも和洋両方に、重宝しています。乾物万歳。
先週の金曜日、主人との2重奏で、ロサンジェルスにあるルネッサンス芸術学院という中高一貫の学校に行って来ました。この学校は、ロサンゼルス交響楽団の教育部門のパートナー校で、その関係もあり昨年に続いての訪問演奏。この学校は、音楽とダンスの専攻があり、ユニークなカリキュラムと校風で大変成果を挙げています。そして学校の誇りは、ワン・クラス・ルームという方針で、お教室は全校に一つあるだけというもの。ここで、それぞれのグループが、テーブルを囲んで勉強します。ですから、我々のコンサートの時は、あっという間にテーブルや椅子を片付け、そこがコンサートホールに変身。まるで、日本の昔の暮らしのようですね。ちゃぶ台を片付けると、そこが寝室になって布団を敷く。面白いでしょ。 演奏曲目は、今年生誕200年のお祝いをしているショパンとシューマンの作品で。チェロとピアノのための曲が、この二人の作曲家の作品で、ちょうど良い具合のコンサートプログラムになります。演奏終了後は、生徒達から興味深い質問が出て、交流も楽しかったですね。活気の溢れた学生達の未来に、エールを!
2週間にわたってロサンゼルス・チェロ協会であった、若いチェロ奏者の為のオーディションと、優勝した生徒達のコンサートがあり、ピアノ伴奏としてお手伝いしました。本当に若い学生達が一生懸命やっている姿、良いですね。これは、14歳までの学生達に開かれたもので、一番小さい子は7歳の生徒さんも。もちろん、賞を取った生徒達は特別ですが、どの生徒も、とても良く準備してあり、上手に弾いていました。ここまで来るには、周囲のサポートと本人の日々の努力と才能、どれが欠けても出来ないものです。優勝者のコンサートでは、皆生き生きと自分に自信を持って演奏。聞いてるお客様達に、その熱意が伝わったと思います。プロの音楽家になる生徒もいるでしょうし、趣味としてチェロを引き続ける生徒もいるでしょう。どちらにしても、これから成長していく生徒さん達。将来が楽しみです。
今年の春は、もう忙しくて、正に「目が廻る」感じです。演奏会がほぼ週に一回違ったプログラムであり、毎回違う音楽家達と演奏するので、自分の練習だけでなくリハーサルもあります。常にピアノの上には、沢山の楽譜が山積みに。しかし、この経済危機で失業者が沢山いる中、「忙しい」というのは大変有難い事です。 昨夜、毎学期行っている大学の生徒の演奏会があり、春の学期もいよいよ終わりに。毎回この演奏会についてはお知らせしていますが、私はどの生徒の演奏にも、学期中の苦労を知っているだけに、人一倍拍手を送っています。音楽大学ではないので、音楽科専攻あり、芸術科目の一環としてレッスンを取る生徒あり、自分の音楽への気持ちでピアノを続ける生徒あり、と様々。どの生徒も、「演奏する」という事で、成長していきます。明日は音楽科のピアノ試験。長い夏休みも目の前です。生徒達には実りある夏休みを期待し、こちらは、夏に計画している演奏会、ツアーなどの、準備に入ります。
私達って時に、人から何か嫌な事をされたから、とか、どうせ私は恵まれていないから、とか、何かに理由をつけて、あたかも不機嫌である事の権利を、主張してしまいませんか。だから私は、不機嫌なのが当然でしょ!という感じで。夫の態度に勝手に腹を立てて、不機嫌を決め込んだり、お隣さんの庭の手入れの仕方が悪いからといって、一人で不機嫌モードに入っていませんか。あんな奴に良い態度を取るなんて、大損だ、とか、にこやかにするのは、あたかも負けてしまうような気持ちになったり。 私思うんですけど、「にこやかにする」のと、「つんけんする」のと、どっちがエネルギーを使うかなあ、って。比較すると、多分否定の力に費やす方が、俄然大きいと感じるんですけど、皆様どう思われますか。私だって沢山の事をしながら生きているので、そりゃあ嫌な事に出くわす事もあります。時間があると、一つの事に考えが陥り、同じ事を頭の中でグルグル、リスが回転しながら遊ぶおもちゃみたいに。だから、こんな事に構っている時間が勿体無い、という状況にしちゃいます。そうすると、不機嫌菌が、自然に消滅。囚われていた自分が、ばっかみたいに思えて来ます。自分から折れたって良いじゃないですか。人生短い。負の為に使うエネルギーは、最小限にしたいものです。