Book Reviews (マイブック評)

東野圭吾 2著「あなたが誰か殺した」講談社「禁断の魔術」文藝春秋 October 20, 2025

東野圭吾さんの大ファンである私は、ご著書を読みながら幸せな時間を過ごした。「あなたが誰かを殺した」では、エンターテイナーの東野さんの才能が全開!ストーリーは、ツイストに次ぐツイスト。いつも「あれっ!」となる。でも、良ーく考えて、真剣に文章の合間を探っていくと、こうかなあ、という余裕を持たせてくれるのも、東野さんの素晴らしいところだ。別荘地のイラストがあるのが、とても良い。日本のミステリー本に、人物相関図がついていたり、マップがイラストで付随するのは、日本的なサービス精神だと思う。痒いところに手が届くという、あれ。食堂のサンプルのあり方に、ちょっと似ている気がして、私は大好きだ。 「禁断の魔術」は、ガリレオ先生の出番。短編4つが収められている。第4章の「猛射つ うつ」は、記憶が正しければ、ドラマか映画になったような気がする。東野さんのエンジニアとしてのバックグラウンドが、発揮されるガリレオ先生シリーズ。今後も、ガリレオ先生の研究室を訪れていきたいです!

町田その子 月とアマリリス 小学館 October 20, 2025

町田その子さんの、素晴らしい新作。もちろんサスペンスの要素が強く、それ故にこの本が何倍も面白くなっていることは間違いない。けれど、その根底にある「人間ドラマ」があるから、サスペンスが活きている。長編だが、ストーリーに引きずられ、本から離れられなくなった。(ピアノの練習の合間に、時間みつけて読みました。。)こんなに人間て、醜くなれるんだ、と思えた私は、幸せ者かもしれない。共存、依存、他者支配。。重要な登場人物の一人、伊東美散がこんな事を言っている。 ー私は卑屈なの。余裕がなくて自分に自信が持てなくて、僻みっぽくて浅ましい。そのくせ、こだわりも強いんだ。誰でもいいわけじゃない。好きな人から好かれたい。物欲しげな顔をしてるのが、相手に伝わるんだと思う。だからいつだって、好きな人に好きになってもらえないー 残酷だが、真実をついてくる言葉だ。そして、彼女はこうも言っている。 ー私はね、やっと分かったと。ひとはひとで歪むんよ。その歪みをどこまで拒めるのかが、自分自身の力。私は無力でばかやった。いつも歪みを受け入れることが愛やと思ってたし、そうすることで愛されようとしてたんよ。ー ある時、主人公、もうひとりの「みちる」、の姪が絵画教室で描いた絵について、みちるはこう思う。 ー自分の「多分」で描くのは「ほんとう」を見失ってしまう。何回も試して、「ほんとうのかたち」を探す。 心に刺さる言葉だ。そしてライターについての自分を見失いかけた「みちる」に、元カレ編集者、宗次郎はこう言う。 ー記事ってのは、ちかちか瞬くくらいの光なんだ。だから届けられないこともあるし、気付かれないこともある・・・でも、瞬きを絶えず繰り返せば、確かな光になる・・・おれたちは・・・声をあげ続けていくしかないんだ。立ち止まっている暇なんてないんだ・・・ー そして、本の後半で、「焼け野原から新芽が吹くように、哀しみの中から幸福を願う芽が生まれたのだ」と導く。町田その子ワールドにどーんと浸り、しばらく立ち止まってしまった私。でも、すごいパワーの降臨を受けた。何人の人がこの本の中で命を落としたことだろう。尊い命が、とても醜く・・でも、その死が、幸福を願う芽にとって変わる過程を私達は共有する。      

向田理髪店 奥田英朗 光文社 September 22, 2025

こういう小説を読むと、日本独特のコミュニティにホームシックを感じる。奥田英朗さんは、私の大好きな作家だが、最近手に取るチャンスがなく、久しぶりの「奥田節」を堪能。札幌から車で一時間くらいの小さな町、苫沢町が舞台で、この町で起こる人間ドラマが、「向田理髪店」店主の向田康彦目線で、語られる。この町の人達は、老若男女、清濁併せ呑む。人の助け方を知っている。人の愛し方を知っている。でも、私の住む巨大なアメリカにも、こういう素敵な人達がいることも、私は知っている。

スピノザの診察室 夏川草介 水鈴社 September 22, 2025

スピノザの診察室は、現役の医師が、厳しい医療の現場を、温かく、かつ現実的に、そして静かな語り口で書いた、我々を導いてくれる物語である。カッコ良い「医師像」は、出てこないかもしれない。日々の患者との、さりげないやりとり。患者の最後に立ち会う、静かで、でもとてつもなく大きな心。淡々と、医師道を全うする、マチ先生。雄町哲郎(マチ先生)の独り言のような、この一言が私の心を打った。 ー理屈の複雑さは、思想の脆弱さの裏返しでしかない。突き詰めれば「生きる」とは、思索することではなく行動することなのである。ー マチ先生と人生の最後の時間を共に出来る人は、幸いである。

Malice: A Mystery by Keigo Higashino – Minotaur Book September 15, 2025

It is one of the few books I have read in both Japanese and English. I am a big fan of Keigo HIgashino, and I would say I have read most of his books in Japanese, including this book. Higashino has been one of the leading authors in Japan, especially in the mystery category. He […]

Rough Ideas by Stephen Hough – Picador September 15, 2025

I enjoyed reading his essays. Stephen Hough is one of the leading pianists, performing about 80 concerts a year in prestigious venues and collaborating with amazing musicians. And he writes, composes and paints! He writes mostly around music in this book from the viewpoint of a musician. Of course we have to remember his extraordinary […]

町田そのこ3作、「宙ごはん」、「夜明けのはざま」、「あなたはここにいなくとも」 July 14, 2025

私は、いったん一人の作家に傾倒すると、その方の本ばかりを読んでしまう癖がある。町田そのこさんが、私にとっての「今」の作家になる。今日ご紹介する3作とも、とても読み応えがある!「宙ごはん」は、食をめぐって、家族(血が繋がっていても、いなくても)のしがらみと優しさを、それは素敵に描いている。育ての親(ママ)と産みの親(お母さん)との関係、そこに凄腕シェフの佐伯さんと、優しい微笑みが紙面からも伝わってくる家政婦の田本さん。佐伯さんは、凄みの効いた顔に、髭面だ。登場人物が、紙面から飛び出してくるように、生き生きしているのも、町田さんのご本の特徴だ。人生には、いくつもの正解がある。規制の観念に囚われる恐ろしさ、そしてそれを守る故に大事な幸せを逃している人。沢山、いると思う。この本を是非読んで頂きたいです。一度、頭をまっさらにして、主人公、宙ちゃんになってみては? 「夜明けのはざま」、この本は優しい口上で、どんどんと私達の心に切り込んで来る。楓子、なつめ、サクマの3人の女性、最高の友人達だ。この3人が、様々な道を辿り、お互いを分かり合おうとし、時には強烈に批判し、人生を切り開いていく。まさに、女の戦場だ。自分に正直であろうとすると、いつも道は険しい。険しさを選ぶのか、それとも自分を殺すのか・・この3人を取り巻く男性軍は、時には大袈裟すぎるテライがあるけれど、これは小説だ!それで、よし!「自分に正直であること」、これは、時には周囲に迷惑をかける事もある。いろいろ考えさせられる、小説だと思う。 「あなたはここにいなくても」は、短編集。それぞれの短編が、とても大事な人を語っている。その大事な人の事を考える事によって、今の自分に立ち返る機会をもらっているのだ。人はいつも強い訳ではない。でも、必ずどこかに強さを持っている。意固地になる事もあるし、わざと大事なものから目を逸らす事もある。我々は、一筋縄ではいかない。だから、人間やっているのは楽しい。時には、破茶滅茶にもなるし、しとやかな令嬢にもなる。それが、人間だ。短編のどこかに、我々が探している答えが見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。是非、お読み下さい。

ヴェネツィアの宿 須賀敦子 文春文庫 April 9, 2025

素晴らしい本と作者に出会った。前回の日本帰国の際に立ち寄った、「青山ブックセンター」で私を誘ってくれた本だ。品のある美しい文章が、強さと繊細さの間で、綴られている。よく気に入った風景を写真に撮ると、自分の目の前にある風景と全然違ってガッカリする事がある。ミラノの街角、ヴェネツィアのホテル、鬼藤の叔母さんの着物、寄宿学校のシスター・フォイ・・・描かれている風景そのものに、私を連れて行ってくれる。文章の中に風景が映り込んでいるのだ。 ほんの一握りの人達しか経験出来なかった、1950ー60年台の海外生活。その経験を、洗練された文章と語り口で、我々に話しかけてくれる。これは、エッセイだけど、ノンフィクションではないと思う。高度な「小説エッセイ」だ。第二次大戦から80年が過ぎ、我々日本人の暮らしは大きく変わった。SNSが猛威を振るい、日本経済は低迷。そして少子化・・須賀敦子の世界と正反対にある社会で暮らしている。 我々の日々の暮らしに起承転結はなく、ほとんどの場合、結果もない。淡々とした時間の繰り返し。彼女が見ていた心風景、私の心にもそっとしまっておきたい。  

永い言い訳 西川美和 文春文庫 February 24, 2025

初めて手に取る作家の本です。ミドルエイジ(化石となった言葉でしょうね)の夫婦。ちょっと成功している人気作家の夫と、美容院経営の妻。夫は、忙しく「人気作家」をやり、若い編集者と浮気。妻は、離れてしまった二人の心を憂いつつ、自分から近づいて行こうとはしない。そんなありきたりの日常が、突然のバス事故で妻を連れ去り、180度変わる。しっかりものであった妻が、夫の日常から消えるのだ。紆余曲折し、夫の「妻探し」、そして擬似家族体験が始まる。「素敵」な擬似家族体験。わー、良いなあ・・と読者を涙目にさせつつ、そこは作家の妙。涙が渇かないうちに、そんなの幻想だよ!、と我々を現実に戻らせる。そして、最後の一行で、本当の涙がこぼれる。テンポ良し、文章のキレ良し。この作家、又読んでみます。

白いしるし 西加奈子 新潮文庫 February 24, 2025

むかーし、吉祥寺とか、下北沢とかを、闊歩していた頃を思い出した。時間に急かされるでなく、将来の事を深く考えるでもなく、「若さ」で生きていた時代の話しだ。そんな時代が、誰にでもあると思う。私にもあった。そして、それが許されていた、というか、それだけで、夢中になっていた時代だ。「無駄」とか「損」という言葉と縁遠い話しである。井の頭公園の蝉の声が、聞こえてきそうな小説。そんな、東京の片隅で起こった、熱くて真摯な恋愛小説である。