Archive for July, 2010

映画「442」を観て   7/30/10

Friday, July 30th, 2010

先週の日曜日、ロスアンジェルスのダウンタウン(リトル東京内の劇場で限定上映)で、映画監督すずき じゅんいちさんの最新作「442」を観ました。日系アメリカ兵達の第二次世界短戦中のお話です。もちろん、皆様もご存知のように、日系人はアメリカ人であるにも関わらず、対戦勃発とともに迫害を受け、財産没収、そして収容所に送還されました。そういう中にあって、日系人兵達の祖国(アメリカ)への忠誠、そして戦いぶりを、高齢になった元兵士達へのインタビューをもとに、編集された映画です。知らなかった史実に触れ、感激。私自身ロスアンジェルスに引越して来た当初、余り知る人もいなく、リトル・東京の日系2世、3世のお年寄りに混じってブリッジなどしていたので、その時に見聞きしたことなどと、多少重なり合いました。映画に登場なさった方々のその奇跡ともいえる幸運さの影に、沢山の方々が様々な形で亡くなった事など、戦争の辛さを改めて、感じました。

最近出席した結婚式で、弟をパールハーバー攻撃で亡くされた方から、いきなり「どうしてくれるんだ!」というお言葉を聞いたことも思い出しました。戦争は65年前に終結していますが、傷は決して消えなく、又その持っていきようのない怒りが、今でも同じレベルで人々の心に残っているんです。又、これは、日本の中国攻略の件にも当てはまるのでは、ないでしょうか。まだ学生だった頃(アメリカで)、中国人のピアニストに、日本兵が中国人に行った残虐さを知っているかと詰め寄られ、女性の乳をえぐったりそれはひどい暴行を働いたと言われました。もちろん私も史実は知っておりますが、私にはどうしようもない事。心の傷、民族の誇りの傷、こういった問題、平和に暮らしていると忘れがちですが、きちんと把握しておくべきですね。映画のナレーションにもありましたが、過去には戻れないので、未来に向けて、我々一人一人の姿勢で示す事しか出来ませんね。戦争は本当に悲しいです。

もちろん批判なしでは語れないテーマですが、映画「442」は明るさと前向きさを失なわずに表現されており良かったと思います。ただ、奇跡的に生還したけれど、心身ともに傷を追い、一生立ち直れなかった方々もいるのではないかと思うと、その方々の一生を思ってしまいます。

ハリウッドボウルの夏、ピクニックを楽しむ。7/29/10

Thursday, July 29th, 2010

ハリウッドボール(Hollywood Bowl) というのは、ロスアンジェルスにある有名な野外劇場で、夏の間中様々なコンサートが開かれています。今週火曜日、友人達と一緒に、ロスアンジェルス交響楽団の、ベートーベン・コンサートを聞きに行って来ました。主人が楽団内にいるので、一緒に行って(パーキングなど、楽団員は特権があるので、一緒に行くととても有難いんです!)、コンサート前に恒例のピクニックを。そして、我々は客席へ、主人はステージ、と言う訳です!

このピクニックというのは、コンサートの前に施設内に点在しているピクニック・テーブルで、友人、家族達とカジュアルな夕食を楽しむ時間です。皆で分担して、飲み物、メインの料理、デザートなどを持ち寄り、爽やかな屋外で、ワインを飲み、おしゃべりをしながら、ゆっくりと過ごします。私も毎年最低一回は、このピクニックを友人達と楽しんでいます。日本が猛暑の中、こんな事言うのは気が引けるのですが、ロスアンジェルスの夏の夜は涼しく(ここ一週間くらい昼間もとても涼しくて、朝など、窓を開けると寒いくらい!朝は15度以下です。)、コンサートは8時過ぎなので、皆毛布や暑いジャケットを持って来ます。客席での飲食もOKで、騒ぐ人はいませんが、演奏を聴きながら、ワインなど静かに飲んでいる人も沢山います。今週末は、カルメンを聞きに行く予定です。

自家製ローズ・ウオーター  7/26/10

Monday, July 26th, 2010

今年は、バラを見るだけでなく、香りを保存してみようと思い、簡単な作り方で、ローズ・ウオーターを作ってみました。(写真はこのホームページのフォトの項目で見て下さい)とっても簡単!ただし、フレッシュなバラでないとだめなので、ちょっと可哀相だけど、完璧な状態で咲いているところを切って、使います。今回は、”Volupteous” と”Sweet Surrender”という2種類のバラを、別々の容器で作ってみました。約一対一の割合で、密封容器の中でウオッカと花びらを混ぜるだけ。そして、数日冷暗所において、たまに瓶を振ってみて下さい。3-4日後には、出来上がり!花びらを取り出してたら、綺麗な色と香りが楽しめます。昔の人は、これを香水代わりにしていたとか。アンテイックな気分に浸るのも、良いですよ。バラを育てていたら、こうした楽しみ方もあるんですね!

名古屋場所も、終盤にーー。 7/21/10

Wednesday, July 21st, 2010

場所の始まりは、観客も何となくどう反応したら良いのかなあーー、という感じだったけど、先週末当たりから、だんだんと盛り上がり、「大入り」も出て、いつもの相撲観戦ムードになってきたようです。こちらも、解説者のいないダイジェスト版での観戦。いつもと雰囲気は違うけれど、戦っているいる力士達の気持ちは同じ。問題は問題として、相撲中継中は観戦に集中するようにしています。今場所も白鵬の優勝が見えて来たようだけど、平幕力士の活躍もあり、何とか賭博問題の場所、正念場を乗り切ったようですね。今後は、相撲の世界も世間知らずを避け、外部からの意見、見解も聞き、立派な力士達を育てていって欲しいです。最近の様々な相撲をめぐる問題で、一つの件が治まるとこれでおしまいといつも思って来たけれど、又違った側面から膿が出るという事を繰り返して来ました。一つの問題を他にも当てはめ、相撲という狭い世界だけで物事を見るのでなく、多面的に物を見て、これ以上絶対に問題をおこさないでと、声を強くして言いたいです。それでは、千秋楽まで、楽しみに観戦させてもらいます。

名古屋場所始まる  7/14/10

Wednesday, July 14th, 2010

大騒動の中での場所開幕。やる方も見る方も、余りの複雑感で一杯ですね。きっと親方達もどうして良いのか、本当のところわからないのではないでしょうか。長年の相撲ファンの私自身も、どういうスタンスで相撲放送を見てよいのか、気持ちが揺れています。でも、綺麗な気持ちで相撲ととことん取り組んでいる力士達の事を思うと、悪玉力士・親方は別のところに置いといて、やはりきちんと応援しなければとも、思いますしねーー。旅から昨日帰宅して、再放送を見ましたが、全体が淋しくて、活気がなくて、相撲の持ち味の一気の押しといった、爽快感がない。土俵を覆っている灰色が速く消えて、新しく生まれ変わった大相撲が見られる日を、願って止みません。とにかく真っ直ぐな気持ちで、解決に取り組んで下さい。ちょこまかしたごまかしで、お茶を濁すことの、絶対ないように、長い目で、相撲の将来に向かって欲しいです。そして責任のなすり合いや、お互いを責めたりしないように。相撲は、国技。相撲協会だけのものでは、決してないんです。

自然の前で慄くーー 7/10/10

Wednesday, July 14th, 2010

先日のヨセミテ公園の帰りに、モハビ砂漠を通って帰宅しました。夜も遅くなり、次第に最後の夕日も消え、全くの闇になった時、広大な砂漠の中で、とんでもない恐ろしさに慄いてしまいました。他に走っている車もほとんどなく、砂漠の両端に山脈が走り、その真ん中をただひたすら走っていく。その中で、果てしない闇が迫って来る感じ。時々ジャック・ラビット(砂漠のウサギで、耳が長い)や砂漠鼠が道を横切る。その数時間、広大な闇空間の中で、目で見る事の出来ない、手で触れる事の出来ない、ただ感じるだけの自然にひれ伏しながら、恐れと戦っていました。闇に飲み込まれ、誘惑されながら。それでも、時々闇の中にぽつりと灯りが見えると、それはカウボーイの家。きっと広大な自然の中で、すべてから開放された自由を手に入れ、暮らしているのだなあと、思いました。そして、空は満天の星空。でも、その孤独のすごさーーー。私には出来ない、一人感ですね。

ヨセミテ国立公園 7/1/10

Thursday, July 1st, 2010

アメリカは、多くの素晴らしい国立公園で有名で、カリフォルニアの中にも、いろいろと点在しています。今年の夏は、ヨセミテ国立公園に数日行って来ました。いままでにも、折をみて様々な国立公園を訪れましたが、ヨセミテは、まさに自然の作り出した壮大で美しい公園。沢山の人が力を尽くし保存し、そして沢山の観光客が、感動を共有してきた場所です。このホームページのフォトギャラリーで、私の感動が少しだけ伝わるかと、思います。

ヨセミテは、ロスアンジェルスから5-6時間、サンフランシスコから4-5時間のドライブで、行く事が出来るので、州内の観光客も多いのですが、何と言っても国際的なバケーション地ですね。沢山の言葉が、あちらからもこちらからも、聞こえて来ました。高名な写真家、アンセル・アダムスの美しい写真でも有名で、ダイナミックで、かつ繊細な景色、どこまでも続く森、標高差が生み出すバラエテイーに富む景観、雪解けの豊富な水が生み出す、様々な滝と川。人が入れる場所をきちんと制限し、又、計画的な野焼きで、自然のサイクルを観光の邪魔にならない様にコントロール。国立公園の自然保護の姿勢が、見られました。仕事以外では、なるたけスケジュールを立てないのが、私達流。時間に制限されずに、ゆっくりと、自然の中で、時を過ごす事が出来ました。