国によって平均体重はどう違うのか?6/21/11

June 22nd, 2011

これも、テキサス州のダラス空港での事。経由地では、国内線の場合飛行機を下りる時間はなく、他の乗客が乗り降りしている間、座席付近にいなければならない。たまたま私の席は、一番前だったので、乗り込んでくる乗客一人一人を、何気なく観察する事になった。そこで、改めて思った。皆、かなり重そうなのである。日本でメタボなどと言われて久しいが、そんなのは、可愛いものである。帰宅してから、インターネットで、情報収集。これは全くの平均なのであるが、日本人全体とアメリカ人全体では、平均体重で、約40ポンドくらい(18キロくらい)違う。それ掛ける乗客人数であるから、飛行機に乗る人の重さは、日米ではかなり違うであろう。そこで思うのは、この体重の違いが飛行機の燃料コストにどれくらい関わるか、という点である。もちろん、飛行機自体の重量から比べれば、大したことはないのかもしれない。ご存知の方いらっしゃいますか?

カンサス州の音楽祭の帰りにーー 6/20/11

June 22nd, 2011

2週間弱のカンサス州での音楽祭を終え、テキサス州のダラス空港経由で、ロスアンジェルスに帰宅した。今迄に随分沢山飛行機に乗ったけれど、今回初めての経験をしたのである。戦地で亡くなった兵士の柩が我々の飛行機に乗り、それに随行する軍関係者が二人との、カンサス・ダラス間の飛行であった。ダラス空港に到着すると、沢山の軍関係者に混じり、ご家族の方達が柩が降ろされるのを、待っていた。それも、とてつもない、炎天下である。我々乗客も柩が降りる間、静かに座席で待っていた。何だかものすごく長い時間のようだったけど、きっと数分の事だろう。いろいろな想いが交錯した。涙が出そうになった。新聞には、かなり頻繁に、亡くなった兵士の名前と経歴が出ているけれど、20代の若い兵士が多く、いつも感慨にふけってしまう。しかし、今回のように戦地から到着した柩に向き合うのは初めてで、改めて考えさせられたのであった。

バッハを教会で演奏すること  6/1/11

June 3rd, 2011

秋から来年にかけての、ゴールドベルグ変奏曲の演奏にむけて、準備のために、少しずつ教会のミサで演奏している。バッハの音楽を教会で演奏すると、300年くらい前に作曲された作品を、元のところに戻してあげたような、気分になる。つまり、最高!なんです。音楽が、自然と教会の大きな建物に溶け込んでいく感じ。ステンドグラスの美しい絵を見ながら、大きなスペースに音を満たしていくのは、自分で演奏しながら、その感動に浸ってしまうのです。音楽家としてやって来て、本当に良かった。ゴールドベルグを完成させるのは、大仕事だけど、毎日楽しく、練習しています!

弱音が言える幸せ 5/2/11

May 2nd, 2011

女も男も、弱音が吐ける場所があるというのは、良いものだ。愚痴とは違うよ!愚痴や悪口は、聞いても、話しても、本当に後味が悪いもんね。あくまでも、へたへたになっている時に、それが言えて、それを聞いた相手が、「無理しなさんな。今日はボーっととしてれば。」なんて、気楽に出来る関係だ。それが、夫婦なら一番。兄弟かも知れないし、友人かもしれない。精神的にも体力的にも、がっくり来ている時に、ふわーーっと、させてもらうと、気持ちが和らぐね。

日米のパン粉の違い   4/17/11

April 18th, 2011

おもしろい事に、こちらの料理レシピで、PANKOという言葉を良くお見かけする。これは、まさに日本で使うパン粉で、何が違うかというと、サイズである。ほとんどのもので、アメリカのサイズが勝つが、パン粉だけは日本製の勝利である。日本のは、一つ一つが大きく、いわゆるカツなどに適している。アメリカ製は、ほとんど粉状で、カツに使うと、ちょっと違った食感が味わえる。そして、フライパンでの調理に適しているような気がする。もし、輸入食材店などで見つけたら、お試しあれ!

我を忘れて夢中になれる事に出会う、幸せ  4/17/11

April 18th, 2011

先日聞いた、B’zの松本孝弘さんの言葉が忘れられない。松本さんは、今年2月、アメリカのグラミーでベストポップ・インスツルメンタル、アルバムで賞を取った偉大な、ギタリスト・音楽家である。その他にも、音楽界での業績は図り知れない。言い換えれば、大物である。その彼に、今日の成功に導いた秘訣を聞いたテレビ・インタビューでの言葉。はっきりと、一言一言覚えている訳ではないので、概略をお知らせしたい。「運が良かったとか、才能があるとか、良く言われるけど、そういう事だけではない。15歳の時にギターに出会えた事が幸せだった事。そして今迄、自分に妥協せずに夢中になってやって来た事。ーー」そして、ある一日の光景がテレビに映し出された。リハーサルがキャンセルになった一日、松本さんはホテルの部屋に籠もって、ギターと向かい続けた。自分の納得の行くフレーズを求めて。お昼は、カップラーメンだけだった。

又、ある日、12歳の少年の話がテレビであった。この少年、とても魅力的なのである。学校にも普通に行き、いろいろな事を無難にこなしているのであるが、一旦絵筆を取るとすべてを忘れる。彼の言葉。これも概略で。「テレビゲームとか、スポーツとかおもしろいけれど、ルールがあるから、すぐにあきちゃう。でも、絵の世界にはルールがないから、自由に遊べるから好き。」と言って、深夜まで、とっても幻想的で、素敵な絵を描いていた。絵を描いていると、時間を忘れているようだった。

こういう人達は、本当に幸せである。だって、本当に「好きなもの」は、そのきっかけは様々でも、自分の中から湧き出るもので、人が教えたり、世間の風潮で見つけられる訳ではないから。そして、それにとことん夢中になれる才能も、誰からも教えられないのである。

大事な言葉 4/10/11

April 10th, 2011

最近読んでいる本の中から。多分、日本語にもそのうち訳されるかと思いますが、これは、Elizabeth Gilbertさんの”Eat, Pray, Love”からで、古代インド、ヨガの賢者の言葉だそうです。「完璧でなくても、自分の運命に沿って生きる事は、他人の人生を真似して完璧に生きる事より、深い意義がある。」良い言葉でしょ!

義援金コンサートの成功、皆様ありがとうございます。

April 2nd, 2011

沢山の皆様に来て頂き、成功のうちに本日の義援金コンサートを終わることが出来ました。本当にありがとうございます。お蔭様で、約20万円ほどのお金を、日本に送ることができます。フランツ・リストの生誕200年を記念して、リストの曲を中心に、すべてハンガリー人作曲家のものでプログラムを組みました。なかなか良いコンサートになったと思います。来て頂いたお客様にも喜んで頂き、演奏した私達も楽しめました。被災者の皆様、お辛い毎日だと思いますが、海外の私達も応援しています。毎日日本の窮状について、考えています。一日でも早く、今迄通リの生活に戻れるように、心より願っています。

大地震、大津波の被災者の方々、心よりお見舞い申し上げます。

March 16th, 2011

大地震、大津波の発生から約一週間経ち、状況が好転せず、援助の手も中々届かない中、寒い地方で被災生活を送っていらっしゃる方々、原発関係で避難所生活されている方達、本当に本当に大変でいらっしゃると思います。そして、家や船などを失ったばかりか、愛する家族、友人を失い、どん底の思いでいらっしゃる方々も大勢いらして、どのようにお見舞いの言葉をかけたら良いのか、心が痛みます。アメリカの各地でも沢山の支援の声が上がり、沢山の人々が義援金を送っています。私個人としても微力ながら、所属する教会で義援金活動をしたり、4月2日の主人との演奏会でも義捐金を集め、又教えている大学でも4月半ばに、義捐金コンサートを開き、参加致します。

私はジャパンTVを入れているので随分とNHKのニュースを見ました。次から次へと流れる悲惨な映像、そして復旧が進まない現地の状況など、何も明るいニュースがない中、私はいつも人々の謙虚な、そして実直な姿勢に心打たれます。天皇陛下のお言葉にもあったように、人々が肩を寄せ合って助け合って生きている日本。その素晴らしさが出ていると思います。ですから、どうぞ被災地の方々の事を考えて、ガソリンの買占めなどなさらないで下さい。そして、政府の方々、高みから見た真実味の薄い会見は、絶対やめて下さい。会見を見ていると、心底腹が立ってきます。出来ない事は出来ない、分からない事は分からないで良いんです。真実を飾らない言葉で伝えて欲しい。そして、むやみに謝罪ばかりするのも、とても変です。時々、きちんと自分の言葉で会見に臨む方が出てくると、ほっとします。

被災地の方々、アメリカの友人達もみな、心を痛め、義援金集めに協力してくれています。そして、大変な思いで毎日を送っていらっしゃる皆様の事を思って、祈っています。お辛い毎日だと思いますが、どうぞ乗り切ってくださいますこと、私もお祈りしています。

手抜きという罰  3/8/11

March 9th, 2011

私はいつも物事が分かるのに、人の何倍もかかっているような気がする。若い頃は驕りがあって、仕事に対しても、人様に対しても一途に全力投球していないことがあった。今から考えると、全く恐ろしい。何様だ!と、つい激が入ってしまう。例えば、演奏会などにしても、頼まれて共演をする際、つい力を抜いたり、きちんと勉強しなかったり。人間関係でも、良い加減にしたり、真摯に真っ向勝負しなかっり。こういう仕事態度だと、自分で結果に満足出来なくて、人様が何て言うよりも前に、自分で自分が嫌になってしまう。何かを極めようと思ったら、そんな生半可な想いでは、だめなのを知っているくせに!自分に嘘をつかない、真人間でいきたいものだ。